知識編:インセクトホテル
インセクトホテルとは?生物文化多様性とは?この教材の基本的な考え方について説明します。
昆虫の減少は、近年生態学的にも社会的にも重要な課題として注目されています。特に、西ヨーロッパやアメリカのような人間活動が集中する地域では、昆虫の個体数や種多様性、分布域の顕著な減少が報告されています。このような減少は、農業や都市化、森林破壊などの土地利用の変化、気候変動、外来種、農薬や化学肥料の過剰使用、光害など、複数の要因が複雑に絡み合った結果とされています(Wagner et al., 2021,図3-1-1)。
農業の近代化に伴う土地利用の集約化と、化学農薬や肥料の使用拡大は、昆虫の生息地の質を大きく低下させています。第二次世界大戦後の農業の工業化によって、特に蝶類の減少率が加速したことがヨーロッパで示されています(Habel et al., 2019)。また、都市化の進行や人工照明の増加は、夜行性の昆虫にとって大きな脅威となっています(Boyes et al., 2020)。
気候変動も重要な減少要因であり、気温上昇や気候の不安定化により、多くの昆虫種の分布範囲が変化しています。一部の温帯地域では、昆虫の分布が北方へ拡大する例が報告されていますが(Wagner et al., 2021)、全体的には気候変動の影響による負の影響が懸念されています(Halsch et al., 2021)。
昆虫の減少は、食物網や生態系サービスに甚大な影響を及ぼす可能性があります。昆虫は、植物の受粉者、害虫の天敵、分解者として重要な役割を担っており、その減少は植物の繁殖、農業生産性、土壌形成などのプロセスに悪影響を及ぼします(Dirzo et al., 2014)。昆虫はまた、鳥類や小型哺乳類など他の動物の主要な食物資源であるため、昆虫の減少はこれらの動物群にも連鎖的に影響を及ぼします。
一方で、全ての昆虫が減少しているわけではありません。一部の農地に適応した種や外来種は個体数を増加させており(Wagner et al., 2021)、淡水昆虫については、特に水質改善の施策が進んだ地域で増加傾向が見られます(van Klink et al., 2020)。しかし、これらの増加はごく一部の種に限定されており、全体の減少傾向を覆すものではありません。
昆虫の減少は「千の傷による死」に例えられるように、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合った結果です(Wagner et al., 2021)。特に熱帯地域における長期的なデータ不足が問題視されており、昆虫の減少傾向を明らかにするためには、さらなる調査とデータの蓄積が必要です。
参考文献
Dirzo, R., et al. (2014). Defaunation in the Anthropocene. Science, 345, 401–406.
Habel, J. C., et al. (2019). Agricultural intensification drives butterfly decline. Insect Conserv. Divers., 12, 289–295.
Halsch, C. A., et al. (2021). Insects and recent climate change. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.
Boyes, D. H., et al. (2020). Is light pollution driving moth population declines? Insect Conserv. Divers.
van Klink, R., et al. (2020). Meta-analysis reveals declines in terrestrial but increases in freshwater insect abundances. Science, 368, 417–420.
Wagner, D. L., et al. (2021). Insect decline in the Anthropocene: Death by a thousand cuts. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.
インセクトホテルとは?生物文化多様性とは?この教材の基本的な考え方について説明します。
虫と私たちの文化のつながりについて,文学や浮世絵,暦や歴史,音楽など,それぞれの専門家が語ります。